チャンス到来?!40代で婚活アプリで出会った彼女を、この先ずっと大切にしたい

40代中盤、未婚の男性です。
精神障害を抱える障害者であるため行政の支援を受けて生活しており、今は正式な就労はしていません。

そんな私ですが、今、結婚相手の候補者がいます。
お相手は、7歳年下の女性です。
婚活アプリ40代で3年前に知り合い、お互い地元が一緒であることがわかると距離が一気に縮まって、今では月に一回ほど会って遊ぶ仲になりました。
ただ、今でもお友達という関係で、交際しているという形ではありません。
その子は恋愛で色々傷ついてきたそうで、私との今の密接な友達という関係が心地いいそうです。

そんな彼女ですが先月、カフェで話し込んでいるときに「将来、自分の両親が亡くなったらあなたの家に同居したい」と言ってきました。
10年、20年先という単位になりますが、それくらい先ならば結婚を考えるのもいい、というニュアンスで話をしてきました。
ちょっと変わってますが、つまり、「恋愛」の、「恋」のステップをすっ飛ばして「愛」で結婚したいという考えのようなんですよね。
で、戸籍上夫婦になって、老後までずっと生活を共にする、という。

私も2年前、結婚まで考えていた彼女が突如原因不明の裏切りをして失恋、
さらには一方的に敵視され、集団でネット上で攻撃されるという非常に怖い経験をしているので、「恋」そのものには強い警戒心があります。
なので、長い時間待つことになるけどそのうち結婚したい、というこの子の考え方にはかなりの程度コミットしています。

私の理想は、今住んでいるマンションを家族全員の収入でなんとかローンを完済して私が相続し(私は長男なので相続にはアドバンテージがあります(笑))、友達のご両親が老人ホームに入るなどして友人の家にいられなくなったら、こちらに友達に移住してもらおうというプランでざっくり考えています。
私と友人は7歳違いですが、両親は偶然にも両家の年齢がほとんど一緒なので、もしかしたら10年後くらいに、一気に老人ホーム入り、結婚の計画が実現するかもしれません。

ただ、結婚をするということは相手の人生を背負うということですし、自由もなくなりますよね。
しかし伴侶を得ることで人生がより楽しくなる可能性も大きいです。
また、結婚している自分、というのはある意味なりたい姿でもあります。
時間はたっぷりあるので、じっくり友達と話を詰めて関係を進めていきたいと思います!

病棟を案内してくれた親切な日勤の看護師さん

友人が扁桃腺の手術をして、一週間も入院するというので、電車を乗り継いで京都にある総合病院へお見舞いに行きました。

手術が終わって少し落ち着いたころを狙って、別の友人を誘って行こうとしたらその友達に「最近はちゃんと部屋番号を確かめてから行かないと、警備の人にストップされるよ」と言われました。
患者本人がお見舞いに来てほしくなかったりプライバシーの問題があるから、事前に本人に許可をもらっておいて、部屋番号を聞いてからでないと入れてもらえないとのこと。
なるほど、と思ってLINEで本人に連絡を取ったところ、「退屈だから来て!」とのこと。
もちろん、部屋番号もちゃんと教えてもらいました。

お見舞いの品も、最近は花などはアレルギーのある人もいるからだめ、と聞いて、本人の好きそうな本を何冊か見繕って用意して、いざ京阪電車とJRを乗り継いで病院へ。
お見舞いの人専用の受付が設けられていたのですが、そこで名前や住所、本人との関係、そしてやっぱり部屋番号を記入しなくてはいけませんでした。
以前はなんとなく出かけてナースセンターで部屋番号を聞けば、大丈夫だったのに・・・。
それでも、無事にそこで「お見舞い」と書かれたプレートをもらって首にかけ、部屋番号を頼りにエレベータに乗り該当のフロアにつきました。
そこでは特にナースセンターなどで申告する必要はなく、「逆にこれで大丈夫なのかな?」とちょっと不安になったのですが、そこからが実はちょっと面倒だったのです。
大部屋の入り口に本人の名前が掲げられていると思い込んでいたのですが、あるのは空のネームプレートだけ。
やっぱり、個人情報保護のために名前の表示はしないことになったようでした。
お昼前でみなさん休んでいるのか、6つあるベッドの周囲のカーテンは閉められたまま。
それを覗くこともできず、友達と二人でフリーズしてしまったのですが、ちょうど通りかかった看護師さんに思い切って聞いてみました。
するとその看護師さん、どうも日勤の看護師さんで勤務終わりだったようなんですが、とても丁寧・親切に部屋を案内していただきました。
<<看護師求人京都日勤>>
高圧的な看護師さんも多い中、素敵な看護師さんと出会えたなと思いました。

ようやく友人と会うことができました。
部屋番号だけでなく、ベッドの位置も確認しておくべきだったのです。最近の病院って厳しいのですね。
事前にしっかり状況を確認しておくべきでした。

薬剤師は高収入でモテる?

13年間くらい調剤薬局で薬剤師として働いていました。
基本、薬剤師は医師の処方した処方箋に基づいて調剤します。たまに医師が間違えて処方することもあるため、それを未然に防ぐのも薬剤師の仕事です。投与量が多い、薬が重複しているなど、薬は命に関わるものなので気が抜けません。中には薬を追加して欲しいという方もいます。追加してもらうにはやはり医師の許可がいるので連絡をしなければいけませんが、時間がないから連絡はしないで処方して欲しいといわれることもありました。それでは薬剤師法に違反してしまいます。そんな無理なことを言う患者さんたまにいました。

私の薬剤師人生の中で一番困ったことは、患者さんから告白されたことです。その方は50代か60代くらいの精神科の方でしたが私が投薬を担当することが何回かありました。その何回めかの時に手紙を渡されました。私は薬を追加して欲しくてその薬の名前か何かが書いてあるのかと思い手紙をあけると中には震えた字で「好きです。付き合って欲しい」みたいなことが書いてありました。私は突然のことでびっくりして投薬を終えると逃げるように調剤室に戻りました。でもその患者さんは薬を渡した後もなかなか帰ろうとしません。私の返事を待っているみたいだったので薬局の外に来てもらい、丁寧にお断りしました。

その日は納得してそのまま帰って行きました。でも翌日もそのまた翌日も処方箋もないのに薬局に来て何をするでもなくずっと椅子に座っている日が続きました。当時の薬局長がさすがに心配して警察に連絡をしてくれて、それからはぱったり来なくなりました。その数年後にまた違う精神科の患者さんから告白されました。それももちろんお断りしました。

私の場合は違いましたが薬剤師が患者さんから告白されたり、付き合うケースはわりと多いみたいです。実際私の先輩にも患者さんと付き合って結婚した人がいます。投薬は1対1で行うのでそのような事が起こるのかもしれません。また、薬剤師の求人【薬剤師 求人 高収入】などを見ると、パートなどであっても時給がいいので、高収入だと思われるのか、意外と(?)薬剤師はモテるようです。

薬剤師だって介護問題を軽視できません

2025年問題となるものをご存知でしょうか?
団塊世代の方たちが全て後期高齢者(75歳以上)となるのが2025年です。
かつて2000年問題など〇〇年問題というのが幾度がありましたが、この2025年問題はその年を乗り切ればそれでおしまいではなく、そこからが本当の超高齢化社会のはじまりなのです。

国は、2015年度から10年計画で2025年問題へ向けて取り組んでいますが、介護職員の数が圧倒的に足りません。
頼みの外国人介護士も、ほとんどの方に興味を持たれていません。
それもそのはず。外国人にとって日本で介護をするよりも他の国で介護をした方が、賃金も労働条件もいいのです。
合理的なわざわざ精神論優先の日本の介護をするはずがありません。
彼らにとって介護へ「やりがい」とか「使命感」なんてものはどうでもいいのですから。

外国人が来てくれないとなると、当然ですが国内の労働省へ頼るしかありません。
政府は処遇改善手当などを用意し、介護職員の確保を図ります。
しかしながら日本は空前の好景気です。
期待通りに介護へ人が流れてきていません。

なら今度は介護ロボットだと、労働省が少ないなら機械化で効率を図ればいい。
合理的な考えです。
機械化が進み、作業が楽になれば高齢の介護労働者も働きやすくなりますし。いい事だらけです。
これは一定の効果が表れているようですが。機械化が決定的な解決にはなってはいないようです。
人を相手にする仕事ですし、ましてや機械が苦手な高齢者です。

しかし、やはり若い国内の労働者を育成し、根付いて貰わない事には始まりません。
政府は金属10年の介護職員を対処に 8万円/月 の手当ての検討を始めました。
従来の給料にさらに8万円プラスされるのです。
画期的ですかつてこのような厚遇はあったでしょうか?
現場の介護職員は様々な噂をしています。
「どうせ経営者に抜かれてもらえない」「10年というのがネック」「長くいるだけの人が優遇されるの?」
意見は様々ですが、なぜか私の周りでは素直に喜ぶ意見は少なく懐疑的なものばかりです。
長く続いた介護職員への冷遇がそうさせるのかもしれません。

わたしも薬剤師として東大阪市で勤務していますが、このような介護問題も他人事ではありません。
先月、前の病院内の薬局を退社して今の調剤薬局へ転職したばかりです。
⇒⇒⇒薬剤師求人|東大阪市で好条件の職場の探し方【私の転職体験談】

介護ロボットのようなロボットの技術が出来ると、わたしたち薬剤師の職も危ういのではないかと思います。
そうならないためにも、ロボットでは絶対に出来ない人と人とのコミュニケーションを大事にしながらしっかりと働いていきたいと思います。

「函館の天使」な看護師さんに救われました

数年前に私が入院したときの話です。
自宅から一番近い、函館市内のとある総合病院に行きました。
腹痛と高熱で最終的に入院したのですが、病名は正直はっきりとはわからずたぶん感染症ということでした。
抗生物質を点滴するのと脱水症状がひどかったので、ぶどう糖だかの栄養剤の点滴を1日中していました。
ついでにけっこうな貧血も発見され、鉄剤の点滴も追加され、本当にひたすら点滴を打っていました。

ほんとならすぐに回復するわけなんですが、脱水のための点滴で血がますます薄くなり、ヘモグロビンの値が6にまで落ちて散々でした。
普通は12くらいあるものなんで、どれくらい低いのかわかると思います。
口内炎がたくさんできて、唾液も減り、口中痛くてごはんも飲み込めません。

病院食というのはメニューが選べないですが、ある程度は患者の状態に合わせてくれてもいいんじゃないかと思うんですが、贅沢な悩みなんでしょうか。
まず40度の熱で食欲もほぼゼロの中食事が運ばれてきて、そのときのメニューが天ぷらでした。
油もの喉通らず・・・。
ほぼ全残しに近いくらいで下げてもらいましたが、看護師さんは「なんで食べないの?」と聞いてきました。
40度の熱で天ぷら食えるかぁ!と心の叫びです。
もちろん口には出さず、食欲がないとだけ伝えました。

翌日口内炎がひどくなり、水を飲むのもやっとなときのメニューがカレーでした。
またまた「こんなん食えるかぁ!」と心の叫びパート2です。
さすがに口が痛くて食べ物がのどを通らないと伝えましたが、ふーんという感じで特に何かしてくれる様子はなかったです。
どうにも食べきれないしごはん減らしてと伝えたらそれは通じたようで、半分くらいになりました。
今思うと、おかゆにしてって言えばよかったですね。

次にむかついたのは点滴です。
初めての入院だったのでよくわからなかったのですが、点滴が終わると自己申告しないといけないらしくナースコールして点滴終わったと言わないといけないのです。
あるとき寝ていたので終わったことに気づかず、血液が逆流していました。
あ、と思ってすぐナースコールして呼んだんですが、舌打ちされて「もっと早く呼んでください」と怒られました。
別に患者は神様とは思ってないけど、寝てるときもあるんだし申告させるほうが手抜きじゃないのかい?っていらっとしました。
血が逆流すると手間がかかるようで、点滴の交換だけじゃすまなくて管ごと交換だったか針を刺し直しだったかするんですね。
だからこっちも痛い思いが増えるので極力気をつけましたが、1週間の入院でけっこうな回数逆流させました。

また別の日に針を刺すとき、春に入った新人に刺されたときはあまりのへたくそさに涙がでました。
ちなみに入院は4月下旬から5月上旬でピカピカの一年生の看護師さんでした。
先輩のような看護師が見かねて?針を刺すのを変わってくれたときは、その先輩看護師さんが天使のように見えました・・・。
涙ぐんでいる私を見て、新人さんに聞こえないよう配慮し、小さな声で謝ってくれたのも、さすがだなと思いました。
⇒⇒⇒看護師求人函館

「函館の天使」と勝手に名づけ(笑)、以来その方が担当の看護師さんになると本当に心強かったです。

忘れていた「ありがとう」

ケーキ
「今日もあっという間に終わってしまった」と、慣れない育児に追われる毎日。
主人の朝の見送りも出来たり出来なかったり、以前のように夫婦の会話も盛り上がりはなく業務連絡のよう。
自分の身だしなみも以前のようにきちんとはできず「どうせ今日は家からでないから」「どうせちゃんとしても子供に汚されちゃうし」と何かと言い訳をつけて自分を納得させサボり気味。

出産前に想い描いていたママ像にはまだまだ程遠く、自分でもがっかり。(特に鏡をみたときなんてひどく落ち込む)
そんなある日、帰宅した主人の手には小さな箱。中身は私の好きなお店のケーキ!驚きながらどうしたのかと尋ねると「今日結婚記念日だから」と。

結婚記念日なんてすっかり忘れていた私はいつも通りのボサボサ頭にダルダルの部屋着。とても申し訳なく思っている私に、「いつもありがとう。慣れない育児のなか一生懸命頑張ってるのわかってるよ!ありがとう」と主人が言ってくれました。

母になった以上頑張るのは当たり前の事で誰にも誉められることなんてないと思っていた私には、とても嬉しい言葉でした。
「ありがとう」何気ないこの5文字の大切さを改めて気づかされた結婚記念日でした。主人にも「ありがとう」をたくさんこれから伝えていきたいと思います。